お出かけ日記ANNEX

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1/30(日) 疫病退散!元気をチャージしに別府Goの旅 2日目~その2~【完】

 スマートフォンで検索すると、別府北浜12:42発のバスに乗るように案内されました。ところが、案内されたバスの直前にもバスがあり、そちらに乗ってしまったようです。
「あれ、行き先がおかしいなあ」
と思ったのは、バスが発車して最初の信号を曲がるとき。時すでに遅し。ならば、このバスが停まるお店近くのバス停を検索すればよいのです。便利な世の中になりました。
 大分バスに揺られて、南須賀入口というバス停で降ります。日豊本線の線路を渡って右に行くと、真新しい店舗が見えてきました。駐車場には、整理のための警備員さんまでいます。


 うた乃総本店さんのお店の前まで行ってみると、順番待ちのようです。私も名前を書いて待ってみるのですが、これがなかなか呼ばれません。そのうちに、飛行機は大丈夫かなあと心配になってきます。


 ようやく席に案内されて食べてみると、パリっとした麺が和風の出汁に浸かっています。ちゃんぽんといっても、長崎のちゃんぽんとは全く違う食べ物です。だからこそ、頭の中が混乱してきます。


「この食べ物は一体何なんだ」
 いつものひとり旅では、なかなか旅の幅は広がりません。けれども、人との出会いによって、こうして旅が豊かになるのです。
 空港行きのバスの時間までお茶しましょうと、けいぴゃんに声をかけていただいたので、一旦北浜まで戻ることにします。帰りはGoogleマップの案内で、春木川というバス停から乗ることにしました。14:12発のバスはほぼ定刻通りにやってきて、別府タワー前で降りると、運賃は210円。さっきは、春木川より一つ手前だったせいか、170円。
「しまった。バス停ひとつ分、損した……」
 地方では遠くへ行くほどバスの運賃が高くなるのは当たり前。でも、東京に来てすっかり均一運賃のバスに慣れてしまっていたのです。


 トキハ別府店の中にあるスターバックスへ行くと、けいぴゃんとピアニストの深田先生がレジに並んでいらっしゃいました。
「今度は前もって言いなさい……」
と深田先生に言われながら、一緒にコーヒーをいただきます。
 話をするときには、マスク必須。ですが、何でもない話をしながら一緒に過ごすこんな時間が、日々の生活に潤いを与えてくれていたことに気づかされます。新型コロナウイルスがもたらすのは、体へのダメージだけではありません。人と人との繋がりさえ、奪ってゆくのです。いくらオンラインで繋がるツールが進歩したとはいえ、同じ場所で一緒に過ごすことでしか通じ合えないこともあるはずです。
 別府北浜15:05発のエアライナーで、大分空港へ向かいます。バスの外ではけいぴゃんが、私にiPhoneを向けて、何やら撮りはじめました。カメラを向けられると、つい何かしなければならないと思ってしまうのは昔からの悪いクセ。そのうえ、バスの車体に高崎山の広告がラッピングされていると聞けば、サルの真似をして写ろうとしてしまうのでした。


 15:52、大分空港に到着。まずは自動チェックイン機に向かい、17:05発の羽田行きの座席をゲット。それから3階に上がって、大好きなレストラン、スカイラインへ。いつもだったらここで焼酎をやりながら旅の振り返りなどするのですが、あいにく今日はそんな時間はありません。焼酎は諦めて、手早く飲めるビールとりゅうきゅう、とり天のセットを注文します。
 料理が運ばれてくるのを待っていると、窓の外のエプロンの様子が慌しくなってきました。もうすぐ折り返し便が到着するようです。ぐずぐずしてはいられません。さっとビールを流し込んで、レストランを出ます。


 羽田行きの6J96(JA805X)は、くまモンが描かれたい特別塗装機。でも、乗ってしまえばわかりません。せいぜい、ドア横のステッカーだけが、それを意識させます。


 定刻17:05のところ、16:55にはドアクローズ。
「訓練生を含む5名が乗務しております」
とアナウンスされました。この状況でも若手を育てていこうというソラシドエア、ますます気に入ってしまいます。
 この時間のフライトは、何といっても夕日に照らされた雲の美しさが堪能できます。ピンクというのかオレンジというのか、その独特の色合いを眺められるのは、なんとも贅沢な空の旅です。


 眼下に瀬戸大橋が見えて、機体を右に傾けると、青空をバックにピスタチオグリーンのウイングレットが映えます。そこへ、操縦室からのPAが入り、コ・パイさんをはじめ、訓練生を含めたクルー全員が紹介されました。そんなチームの便に乗り合わせることができたのは、何とも幸せな気分です。


 大阪を過ぎると、地上はもう、だいぶ暗いのでしょう。街の明かりがついているのが見えます。一方、空の上はまだ明るさが残っていて、主翼がオレンジ色に輝いていました。


 17:36、伊勢湾上空あたりで、機内の照明がオレンジ色に変わりました。窓から見える主翼はもう、返す光はありません、いよいよ夜間の飛行です。機体のはるか後方の空には、まだギリギリ明るさが残っているものの、それも時間の問題でしょう。夕方から夜にかけてのフライトは、こういった空の景色の移り変わりが見られるから大好きです。


 6J96は浦賀水道を抜けて海の上を飛ぶルートで18:05、羽田空港RWY34Lに着陸。51番スポットには定刻よりも20分近く早い18:11に到着し、まん延防止等重点措置下でも夕飯に余裕で間に合うことができたのでした。

1/30(日) 疫病退散!元気をチャージしに別府Goの旅 2日目~その1~

 朝5時前に目が覚めたので、1階の内湯へ行ってみると、中は電気も点いておらず、誰もいません。朝から温泉をひとり占めするなんて、内湯がある宿に泊まったからこそできる贅沢です。
 宿からまっすぐ国道に出たところにファミリーレストランがあるのを昨日のうちに確認しているので、朝ごはんはここのモーニングにしましょう。ドリンクバーを飲みながら、今日の予定について考えます。


 別府には何度も来ているので、すぐに思いつくようなことはたいていやっています。地獄めぐりのバスに乗ったこともありますし、砂湯だって体験済み。だったら、まだ行ったことがない高崎山うみたまご、アフリカンサファリといった施設へ行って、動物を見るのもいいし、石仏を見に臼杵へ行くのも面白そうです。でも、この時間から動き出すと、どれをやっても中途半端になってしまいそうです。
「今、一番やりたいことは何だろう」
 そう考えると、まずは温泉に入ること。そして、とり天と冷麺を食べること。それなら、別府から動かない方がよさそうです。だったら、ゆめタウン別府で忘れ物の靴下を買い求めてから、温泉に入りに行くことにしましょう。


 ガイドブックには必ず載っている竹瓦温泉へ行って、受付で砂湯が空いているかどうか聞いてみます。ここの砂湯にも以前入ったことがあるような気がするのですが、自分が覚えていないのであれば、入ったことがないのと同じこと。だったら、行けばよいのです。


 脱衣場で浴衣に着替えて、扉の向こうの砂湯へ。半分ずつ使われるここの砂湯は、片方にはお客さんが何人か寝転んでいて、もう片方には湯が張られています。温泉で温められた砂ですから、お湯を含んでいてずしりと重い。それを若いスタッフが二人、畑を耕すようにしてお客さんの体に砂を乗せていました。


 私も砂の上に寝転ぶように言われ、手や足の先から順番に砂をかけてもらいます。体に乗せられた砂の重さと温かさが何とも心地よく、お湯に入るのとはまた違った気持ちよさです。
 砂湯に入るのは、15分。それがあっという間に感じられます。「もうちょっと砂の中にいさせてくれ」と思うほどです。けれど、スタッフの若い女性に教えられながら、体を砂の上でくるりと回転させて砂から上がります。砂の中よりも部屋の中の方が温度は低いはず。汗だってかいているので、体が冷えるんじゃないかと思うのですが、砂から上がってもまだポカポカ体が温かい。これが体の芯から温めるということなのでしょう。
 シャワーで砂を落として上がり湯に浸かった後、建物の反対側にある普通浴の温泉にも浸かります。砂湯の後だと、その爽快感は格別です。
 こうなるとぜひ、風呂上がりの1杯が欲しいところ。しかし、まん延防止等重点措置のせいで、竹瓦温泉の周りは閑散としています。大人向けのお店の呼び込みのおっちゃんが、空き地にいた野良猫と戯れていたくらいです。
 商店街のアーケードも、休業の店ばかりが目立ちます。今日は日曜日のはずなのに、観光客らしい人の姿はありません。
「これはもしかして、昼めし難民か?」
 慌ててスマートフォンを取り出し、とり天を食べさせてくれる店を検索すると、その名もズバリ、「とり天職人わたる」というお店を発見。
「だいたいこういう店って、クセが強いんだよなぁ」
 そう思いながらお店に行ってみると、昔は喫茶店かスナックだったのではないかといった店構え。黄色い幟に、「別府発祥 元祖昭和とり天 三代目の店」と書かれ、店のキャラクターの濃さがうかがえます。


 中が見えない黒いドアを開けると、カウンターだけの店内には客の姿はありません。
「消毒して」
と店主の声が聞こえたので、
「とり天、食べさせてもらいに来ました」
と言うと、心なしか店主の表情が和らいだ気がしました。
 店は、どうやらこのオヤジさんが一人でやっているようです。注文を受けると、オヤジさんは店の奥へ向かい、ほどなくとり天を揚げる脂の音が聞こえてきました。あの音を聞くと、余計にお腹が減ってきます。


 運ばれてきたとり天は、とってもきれいなキツネ色。一つひとつのとり天は思っていたよりも大きく、ひと口食べてみると、なんでしょう。味はもちろん美味しいのですが、とてもいい香りがします。


「美味しいです、これ」
 思わずそう呟くと、オヤジさんが、
「そうだろう」
と言って、美味しいのは当然だとばかりに胸を張ります。
 そこからは、オヤジさんのトークが炸裂。他の店のとり天はうちのをマネたニセモノだとか、のれん分けをした店しか本物のとり天を出していないとか。とにかく、自分のとり天には自信をもっているようです。他にも、まん延防止等重点措置の協力金の不公平さなど、オヤジさんのトークは止まりません。とり天を食べきったところで、お会計をお願いしました。
 定食にはしなかったので、店を出た後、シメに冷麺が食べたいところ。そこに、けいぴゃんから連絡が入り、別府ちゃんぽんがおすすめだと言います。添付されたリンクを開いてみると、店は歩いてすぐのところのようですが、行ってみると、入り口のところに張り紙がしてありました。

 そこには、「新店舗『うた乃総本店』にて1月25日より営業致します」と書かれています。添えられた略図には別府横断道路が描かれていて、歩いて行くにはちょっと遠そうです。行こうかどうかと迷ったのですが、ここで行かなければいつもの別府旅とまったく同じになってしまいます。
 旅には新しい出会いがつきもの。そうと決まれば、北浜のバス停へと急ぐのでした。

1/29(土) 疫病退散!元気をチャージしに別府Goの旅 1日目~その2~

 居酒屋で一杯やる前に、別府の湯には浸かっておきたいもの。宿の湯に入ることも考えたのですが、せっかくなので外のお風呂へ行くことにしましょう。
 湯量豊富な別府には、あちこちに共同浴場があります。脱衣馬と湯船しかないような地元の湯も魅力なのですが、今日はシャワーや洗い場がしっかりとある市営の海門寺温泉へ。それでも、入浴料は250円と激安です。別府は地獄どころか、私にとっては天国のような場所なのです。


 浴室には湯船が2つ。あつ湯とぬる湯で分かれていたのですが、表示をよく見ておらず、体を洗ったらいきなりあつ湯の方へ入ってしまいました。でも、そこまで熱いというわけでもなく、むしろ気持ちがよいと感じるくらいです。
 初めて別府の湯に浸かったときはあまりの湯の熱さに驚いたものですが、最近はそこまでの熱さを感じる湯船に出会えていません。全体的にぬるめの湯が好まれるようになったのでしょうか。ぬるい湯は気持ちがよいのですが、なんだか物足りない気がしてしまうのです。
 別府駅近くのヤマダ電機に寄って、スマートフォンに充電するためのUSBケーブルを購入します。何しろ急に思い立って出てきたので、忘れ物が多いのです。今回はケーブルの他、替えの靴下を持ってくるのを忘れてしまいました。けれど、ここは日本。どこかで買い求めることは、難しいことではありません。
 ヤマダ電機から店に向かって歩いているところで、別府在住のトイピアノ奏者けいぴゃんから連絡が入りました。なんと、夕食に合流してくれると言います。突然やってきたにもかかわらず、なんとも有難い話です。早速、お店に電話をかけて、人数を変更してもらいます。
 お店に向かって、流川通りを海に向かって下ります。広島にも同じ名前の繁華街があるので、何となく広島との縁を感じてしまいます。昔は広島と別府を結ぶ航路もありましたし、被爆者温泉療養研究所なんていうのもあったようです。それに、カープには昔、北別府という選手が……。あ、これはあんまり関係ないか。
 18:50頃、海鮮いづつさんのお店の前に到着。けいぴゃんに連絡を取ってみると、まだ近くのゆめタウンの中にいるとのこと。ならばと、先に入っておくことにします。最初に連絡した時には、1人ならカウンターでとのことでしたが、先ほど2人に変更したせいか、席は2階に変わっていました。お店の中はお客さんで満席。これは、電話を入れておいて正解です。


 2階の担当らしい若い男性の店員さんは、ベルを押してもなかなかやってきません。次から次へ、下から運ばれてきた料理をお客さんのところに届けます。ようやく少し手が空いたのか、私のところへやってきてくれました。まずは、麦焼酎のとっぱいをロックで。それから、大好物のりゅうきゅうを注文していたところに、、けいぴゃんが到着。飲み物を一緒に注文します。
 まずは、乾杯。肴のりゅうきゅうは、大分の郷土料理の一つ。刺身を甘めの醤油などで漬け込んだもので、これが酒に合うのです。初めて食べたのは、確か大分空港のレストランで、そのうまさに驚いたのですが、ここのはそれ以上。魚の身が厚く、それなのにしっかりと味がしみています。けいぴゃんと顔を見合わせ、二人で、
「美味しい……」
とつぶやくのでした。


 けいぴゃんとは1月10日の高松でのライブでお会いしているのですが、その時はほとんど話をする暇もなかったので、じっくりお話するのは久しぶりのような気がします。
 ライブの裏話を聞いたり、こちらはライブ終了後のうどんツアーのことを話したり。そんな話で盛り上がります。
 せっかくなので、刺身の3点盛りと地鶏 直火あぶりたたきも注文。もちろん、とっぱいをロックで追加です。
 この刺身が、厚切りで実に美味しそう。最初にサーモンから食べてみると、口の中でとろけるようです。
「何だこれは……」
 二人とも驚きです。


 しかし、写真を撮ってしばらく食べたところで、ふと、
「お刺身って、この向き?」
とけいぴゃんが言い出しました。なるほど。最初は気づきませんでしたが、よくよく見れば、お客さんに向けて出すには90度ずれているような気がします。


 店員さんは、日本語が少しカタコトだったところをみると、外国からの留学生のようにも見えます。1階では、欧米系の若い女性も働いていました。別府は大学があるせいか、若い外国人の姿をよく見ます。外国人にとっては、刺身の向きをどのようにして提供するかなんて、教えられなければわかるわけがありません。もっとも、我々もつい、刺身を目の前にしたらまず食べる今年か考えていませんでしたが……。


 地鶏もしっかりとした弾力があって、肉の旨味を味わうことができます。こちらの酒もぐんぐん進むのですが、21時を前にラストオーダーだと言われました。まん延防止等重点措置のせいでの時短営業。東京は20時までだから、むしろ有難いくらいなのです。
 お会計をしてみてびっくり。東京では考えられない値段です。いや、同じ金額で飲むことはできても、料理の質も量も、半分以下になることは間違いありません。
「やっぱり、旅先での酒は美味いんだよなぁ……」
 そんなことを考えながら、けいぴゃんと別れて、ほろ酔い気分で宿舎へと戻るのでした。

1/29(土) 疫病退散!元気をチャージしに別府Goの旅 1日目~その1~

 1月も中旬を過ぎると、東京では連日、1日の感染者数が過去最高を更新していました。身の回りでも、感染したとか、濃厚接触者になったとか、そういう話も聞こえてきます。こうなると、いつまた緊急事態宣言が発出されてもおかしくありません。あれが出てしまうと、旅と酒についておおっぴらに話すことができなくなってしまいます。
 今です。今しかありません。
 思い立って、羽田空港へ向かいます。空席のある便に飛び乗って、旅に出る。そんな夢のようなプランをここで発動するのです。
 昼過ぎに羽田空港に到着。出発案内の表示を見て、行き先を大分に決定します。目的地は、別府温泉
「元気があれば何でもできる!」
 日本中が元気をなくしている今日この頃。温泉パワーは、元気の源です。その効能の如何を問わず、温泉に浸かろうという行為そのものが元気につながるのだと思います。
 チケットを発券して、昼食代わりに軽く一杯やってから搭乗口へ向かいます。
 今回のような思い立ったが吉日の旅では、ソラシドエアさんのお世話になっています。私が東京に来て、ひょんなことから当時のスカイネットアジア航空の大ファンとなり、以来、ずいぶんと乗せていただきました。今回も、ソラシドエアさんを利用させていただきます。


 51番搭乗口へ向かうと、ソラシドエアでは最新のJA813Xがアサインされていました。


 機内に入ると、ソラシドエアの他の機体とは異なり、シートがレザー素材だったり、USB電源が装備されていたりします。国際線運航にも対応できるようにしたものだということです。
 定刻14 :45発の6J95(JA813X)は、14:35にドアが閉まり、14:37には滑走路に向かって動き始めました。
 機内では、CAさんによる非常用設備の案内と緊急脱出のデモンストレーションが始まります。最近ではどの航空会社でもモニターでの説明が当たり前となりましたが、ソラシドエアの機体にモニターはありません。何かで、モニターを積まなければ機体全体の重量が軽くなり、燃料の節約になると聞いたことがあったような気がするのですが、そんな思い切りのよさもお気に入りなのです。

 14:51、RWY05から離陸。機窓からは、相模湾が太陽に照らされて輝いているのが見えます。その海にちょこんと突き出る形で江ノ島が見えています。
 もうすぐ富士山というあたりで、ベルトサインが消えました。羽田空港ANA FESTAで買っていたTOKYO CRAFTを、のり天すだち味とともにいただきます。シールでおしぼりを付いていたのは、実に日本らしいサービス。それを嬉しく思いながらも、海外でのドライな対応が懐かしく思えるのは、コロナ禍ならではなのかもしれません。


「富士山は見えないかもしれないなぁ」
と思っていたのですが、ギリギリで富士山を上空から眺めることもできました。何とも幸先のいいスタートです。


 16:26、大分空港RWY01に着陸。空港ビルを出ると、16:40発のエアライナーは出発した後で、次は16:50だと言います。飛行機の到着に合わせて運行されているようです。
 以前は古いバスばかり走っている印象だった大分空港のエアライナーですが、やってきたのは現行のガーラ。
「昔のバスも懐かしいなぁ……」
と思っていたら、前に停まっていた中津行きのバスはレトロなバス。こちらではまだまだ、古い車を大事に使っているようです。
 バスの中で、別府在住のトイピアノ奏者、けいぴゃんと連絡がつきました。羽田空港でLINEを入れて置いたのですが、どうやら忙しくしていたらしく、彼女がLINEを見た頃には私は空の上。ようやくここで、確認ができたというわけなのです。
 けいぴゃんには、有難いことに、
「夜食べるところなかったらうちに食べに来る?」
とまで言っていただきました。というのも、1月27日から大分県にもまん延防止等重点措置の適用が始まり、飲食店は21時までの時短営業となっているのです。店で食いっぱぐれても大丈夫という気遣いなのですが、さすがにそこまで遅くはならないはず。羽田空港で見当をつけていた店に行こうと思うと伝えると、なかなかの人気店のようです。
 17:35頃、別府北浜に到着。お店に電話を入れると、カウンターなら入れるとのこと。やれやれ、これで夕食は確保できました。


 羽田空港で飛行機を待ちながら予約した温泉宿はまゆう凪は、1泊2,400のドミトリー。なのに内湯もあるという、なんとも面白そうな宿です。


 行ってみると、ドミトリーというよりは昭和の旅館といった佇まい。部屋は3階なのですが、若い外国人らしい男性スタッフが、
「エレベーターはありませんが……」
と言います。いやいや、エレベーターなんかいりません。安く泊まれるだけで有難いのです。
 鉄製の扉を開けると、畳敷きの部屋に2段ベッドが2台。ベッドのところのカーテンが一面だけ付いておらず、丸見えになるのは少々残念ではありますが、なあに、風呂に入って一杯やって寝るだけならこれで十分です。
 ともあれ、まずは風呂。それからの酒を楽しみに、ふらり街へと繰り出すのでした。

9/13(月) 2回目のお遍路 秋のうどん県寺巡りの旅3日目~その4~【終】

 坂出から東京まで無給油ではさすがに走れそうにないので、帰りも岡崎ICで給油することにします。上り線では、SAの駐車場の前に給油所があるのですが、その手前から大型車が給油待ちの列を作っていました。給油までどのくらいかかるのだろうかと思っていたら、小型車のコーナーは別らしく、大型車と一緒に並ばなくてもよかったのですが、給油を終えて駐車スペースへ向かっても、大型車の区画は混雑しているようです。
「岡崎SAは、トラックドライバーに人気のSAなのかなぁ……」
と、この時はまだ、漠然とそう考えていたのでした。


 岡崎SAを出ると、あたりは少しずつ暗くなってきました。夜の新東名は走りやすいのですが、まわりの景色も単調で眠たくなりがちです。空いていれば、一気に走り抜けてしまいたいところですが、ここで問題となるのが緊急事態宣言下での時短営業です。20時で飲食店が閉まるので、ラストオーダーの時間も考えると、19時にはSAやPAには到着しておきたい。距離は稼ぎたいのですが、こういったところで行動が制限されるのもまた、安全運転にはマイナスであるように思います。
 岡崎SAを出てからまだ1時間しか経っていませんが、静岡SAで休憩を取ることにします。こちらのSAもトラックが多い……、いや、トラックだらけと言ってもよいでしょう。そういえば、走っている途中に見かけた SA・PAの案内表示で、大型車は満車となっているSAやPAばかりでした。
「一体、何が起きているのだ……」
 ともあれ、静岡SAの小型車スペースはちゃんと空いていて、無事に駐車し、建物へ。静岡といえば、静岡おでんが食べたいのです。このSAでは、静岡おでんが食べられることがわかっています。


 自分で好みのタネを選んで、SAの飲食スペースでいただくことにします。


「あ、しまった!」
 購入後に青のりだし粉をふりかけた時に、レジでもらった割り箸を置き忘れてきたことに気づきました。
「大根、どうしよう……」
 でも、大丈夫。串に刺さっている静岡おでん。2本あれば、箸の代わりになるのです。
 お腹も満たされて、再び東京を目指します。東京に近づくにつれ、本線上を走るトラックは減り、SAやPAの大型車の駐車スペースが満車であることを知らせる表示が増えてきました。
「そうか、深夜割引だ!」
 これはETCの割引制度の一つで、午前0時から午前4時までの間に高速道路上にいると、料金が3割引きになる制度です。軽自動車では、四国から東京までの料金で3割引きでも数千円の差でしかありませんが、大型車の3割引きとなると、その差は小さくないはずです。
 よく見ると、大型車の混雑はSAやPAの駐車場にとどまらず、施設の流入路・流出路にもあふれています。入る車にとっても出る車にとっても、危険です。
 そもそも、深夜割引の目的は何でしょうか。深夜に走る大型車を高速道路に誘導する理由は、何でしょうか。安全面を考えれば、日中こそ大型車に一般道を走らせるより、高速道路を利用させるべきです。ある特定の時間に集中させることで、休憩施設の混雑を招くばかりか、施設外の道路上への駐停車を招いています。他の車を巻き込み、大事故を誘発しかねない制度であると思うのは、私だけでしょうか。どうも、高速道路の運営というものは、一般利用者の感覚とはかけ離れたところで動いているものなのかもしれないと思わずにはいられません。
 新東名から東名に合流し、足柄SAを過ぎると、工事区間らしくなってきました。走っていると、何かしら違和感があります。何がおかしいのかと考えていくと、普段は左側にあるはずの路側帯が右側にあるのです。
「そうか、右ルートか!」
 東名高速下り線の大井松田ICの先で、左ルートと右ルートに分かれます。左ルートは従来からの下り線で、右ルートは、以前は上り線だったところを下り線に転用したものなのです。つまり、下り線に転用されたかつての上り線を今、上り線として走っているのです。NEXCO中日本ニュースリリースによれば、これはリバース運用と呼ばれるものらしいのですが、ともかく珍しい体験。集中工事やトラックのことで、高速道路に対する不満が溜まっていたところ、ちょっと嬉しくなるできごとでした。
 海老名SAには20:34に到着。この時間でも人はたくさんいるのですが、飲食店が開いていないのは辛いところ。早くコロナ禍が収束し、従来の生活が戻ることを願ってやみません。


 一気に大型車が少なくなった東名高速を快調に走り、21時前には東京料金所を抜けました。深夜割引の数千円は惜しいような気もしますが、次の日は通常通りの出勤日。東京料金所を午前0時以降に通過すると、そこから自宅まで、どんなに短く見積もっても1時間はかかります。それだと、次の日の仕事への影響は避けられません。
「ここは、大人の判断だ」
 時間や安全、仕事の効率を金で解決するのも仕方のないことです。
 それでも、用賀から自宅までは順調に走り、翌日も無事、いつも通りに出勤することができました。あとは、残りのお遍路を楽しみに、また頑張ることにするのでした。

9/13(月) 2回目のお遍路 秋のうどん県寺巡りの旅3日目~その3~

 今回の旅では、18か所の札所を巡りました。8月の旅と合わせて、これで1~45番、60番、66~83番の札所を巡ったことになります。残りの札所は25か所。少なくなってきましたが、次の旅に楽しみを取っておくことにします。


 とはいえ、家に無事帰るまでが旅です。気を抜くわけにはいきません。東京までは、まだまだ長い道のりなのです。
 昨日給油したガソリンスタンドで今日も給油して、11:50、坂出北ICから瀬戸中央道に入ります。いよいよ四国ともお別れです。
 最後にもうひとうどん食べておきたいということで、瀬戸大橋の途中にある与島PAで降りて、架け橋夢うどんさんに寄ることにしました。今回のうどんは、ぶっかけでいただくことにします。



 古くは、宇野と高松を結んでいた宇高連絡船でもうどんを出す店があったといいます。香川へ渡る旅人にとって、うどんは欠くことのできないものであるようです。いや、香川の人々が愛してきたうどんを、「どうだ、食べてみろ」と言わんばかりに提供する姿勢が見事です。これこそ、郷土の誇りというものでしょう。高速道路の休憩施設でも、ちゃんとうどんを提供するところがさすが、うどん県です。
 うどんを食べた後、建物の屋上へ上がって、瀬戸大橋を眺めることにしました。


「またすぐに戻ってくるからな」
 海の向こうに横たわる四国にそう誓って、再び瀬戸中央道へと戻ります。
 橋を渡っている最中に気がついたのですが、ボンネットに貼ったお遍路の『同行二人』のマグネットをはがすのを忘れていました。今回の旅の始まりでも、3つめの札所の国分寺で気づいたくらいですから、いいかげんなものです。これは早めの休憩を取ることにして、そこではがすことにしましょう。そういえば若かりし頃、マグネットの初心者マークをどこかで飛ばしてしまった苦い経験があります。その頃と今ではマグネットシートも違うのかもしれませんが、せっかくこれまで旅のお供をしてくれたステッカーを飛ばしてしまうわけにはいきません。
 うどんのせいでしょうか。それとも、単調な高速道路を走っているせいでしょうか。だんだん眠たくなってきました。吉備SAに立ち寄って、眠気覚ましにコーヒーを買うことにします。子どもの頃からコーヒーを飲んでいた私は、寝る前にコーヒーを飲んだって寝てしまう体質なのですが、ここは気分転換が大切です。コーヒーを買いに行くために体を動かすことも、眠気には有効な対策だと思うのです。

 さあ、コーヒーを片手に車に戻り、エンジンをかけます。
「あっ、マグネット!」


 どうやら、頭の中がまだ、はっきり目覚めていなかったらしいのです。危ない、危ない。もう一度、気を引き締めてから走り出すことにします。
 山陽道に入ると、トラックが数珠つなぎで走っています。リミッターのせいでしょうか、トラックが集団で走っていて、その先にまた、トラックが集団になっているのが見えます。しかも、途中でトラックを追い越そうとするトラックがいて、時々2車線ともにふさがってしまうことがあるのです。
「うわぁ、ブロックだぁ」
 速度制限があるトラック同士の追い越しだと、速度差がそれほどあるわけではないので、追い越すまでかなりの時間が必要なのです。そのうえ、さらに所々で工事が行われていて、車線が減らされている場所があります。1車線の限られたスペースをトラックと一緒に走ると、当然、ペースが遅くなります。今回の旅で東京と四国を行き来しましたが、トラックの速度制限については、少々疑問に思うところがあるのです。
 そんな高速道路でのお楽しみは、なんといっても食べ歩きです。車で行って交通費の節約になるかと思いきや、浮いたお金は食費にまわってしまいます。
 夏にけいぴゃんと立ち寄った大津SAでは、551蓬莱の豚まんを購入。同乗者がいればシェアすることもできますが、あいにく今日はひとり旅。2こ入りの豚まんを、はなはだ不本意ではありますが、仕方なく2こ平らげることにします。


 そのまま走っていくと、岐阜羽島ICから一宮JCTの間が事故で通行止めになっていました。そのせいもあるのか、新名神を走るトラックが多いのなんの。名古屋、東京方面に向かうトラックはほぼこちらへまわってきているのでしょう。それに、新名神も工事をしている箇所があります。普段は快調に走れる新名神も、再びトラックよる車線のブロックに苦しめられることになるのです。
 なお、この日の名神の事故では、工事のために1車線となり渋滞していたところへ大型トラックが追突し、4台の玉突きとなったうえ、最初に追突された貨物車の運転手が亡くなられたそうです。
 インフラを維持するための工事は必要ですし、トラックによる物流も、生活には欠くことのできないもの。けれど、それ以上に命を守ることを大切にしなければならないはずです。この国の高速道路は本当に安全なのでしょうか。大型トラックの速度を制限しただけでは、安全な交通環境になるとは思えません。一人ひとりのドライバーの意識づけがないまま道路を充実させても、様々な規制をかけても、結局は無駄な渋滞や事故を引き起こすだけではないのかと思わずにはいられないのでした。

9/13(月) 2回目のお遍路 秋のうどん県寺巡りの旅3日目~その2~

 今回の四国の旅で楽しみにしていたのが、山越うどんのかまたまうどんです。以前、2018年8月にけいぴゃんとピアノニマスさんのライブを聴きに四国へ来たとき、クッキーハウスのツネおにいさんと一緒にうどんやさん巡りをしたのですが、このときに山越うどんへ行くと、お店はたまたま臨時休業。有名店のうどんを食べられなかったという苦い経験があります。今回はそのリベンジなのです。
 お店が開く9時に間に合うように到着。開店前ということで、店のすぐ近くの駐車場に停めることができました。店に向かい、開店10分前に列に並ぶと、私の順番は前から10人目。これなら、すぐに食べられそうです。定刻の数分前に列が動き出し、店内に入ることができました。


 注文するのは、もちろんかまたまうどん。山越といえば、これでしょう。会計が済むまでかき混ぜないようにお店の人に言われたので、席に着いてから一気にかき混ぜます。


 まずは、しょう油をかけずにそのまますすると、モチモチのうどんにたまごの甘みが合わさってとても美味しいのです。そこへしょう油をかけると、今度は味が変わって、これまた美味。2つの味が楽しめるのが、なんとも嬉しいのです。
 しかし、こうなってくると、この旅はうどんやさん巡りなのか、それとも寺巡りなのか。旅の目的が分からなくなってきます。
 そろそろ東京に戻ることも考え始めなければなりませんが、次回の旅のためにも、今日はできるだけたくさんの寺を巡っておきたいところです。綾川のイオンモールのところから国道32号線出て、83番一宮寺を目指します。
 一宮寺の駐車場を見つけ、車を停めます。歩き始めてしばらくして、自分が寺から少し離れた駐車場に車を停めてしまったことに気づきました。
「もう一度戻って、車を動かそうか……」
 そう思ったのですが、この駐車場から寺まで続く田んぼの中の道がとても気持ちよいのです。目には鮮やかな緑、耳には水路を流れる水のせせらぎが飛び込んできます。時折スイーッとトンボが目の前を横切り、水面にお尻をつけては、またどこかへ飛び去っていきます。都市部ではほとんど見られなくなってしまったこんな風景がまだ、ここにはちゃんと存在しているのです。


 寺に入ると、こちらはどうやら裏手だったようで、表の仁王門へとまわります。こちらは、隣にある田村神社の白い壁が続き、落ち着いた雰囲気です。この寺の周りの風景は、なんと美しいのでしょう。


 寺では、若い女性の方が納経帳に朱印を押してくれました。お遍路の札所では、どうしても年配の方に書いていただくことが多かったので、なんだか新鮮とてもです。もちろん、他の札所と同様に達筆で書いていただくのですが、あいにく学のない私には、何と書かれているのかわかりません。
 駐車場までの帰り道に、さっきはなかった大きな鳥の足あとが続いているのに気づきました。サギでも歩いていたのでしょうか。田んぼのカエルでも捕まえたのかもしれません。人が暮らすすぐ隣で、様々な生き物たちが生活しているこんな環境こそ、豊かな環境ではないかと思うのです。大自然とはまた違った、身近な自然環境も大切にしなければなりません。


 83番一宮寺から82番根香寺へ向かう途中に、高松自動車道の高松西ICがありました。
「このまま東京に戻ろうかなぁ……」
 東京までの道のりを考えると、どこで区切りをつけるかが悩みどころ。でも、五色台にある2か所の寺をまわっても2時間ほどでしょう。それなら、どこかで渋滞してもかかってしまう時間です。
「よし。五色台を巡ったら、東京に戻ろう」
 そう覚悟を決めて、五色台へ上がる県道180号線に入ります。狭いながらも豪快に山を駆け上がっていく道で、ふと、多摩の丘陵地帯にあった大学へオートバイで通っていた頃のことを思い出しました。それが、私の山道好きの原点かもしれません。
 根香寺の前の駐車場に車を停めて歩いていくと、仁王門の前に人が集まっています。聞こえてきた話の内容は、この寺について、どのように案内するかということのようです。そんなことを考えるのは、観光協会教育委員会の人たちでしょうか。まさか学校の先生たちが、遠足や修学旅行の下見でここまでは考えないでしょう。


 門をくぐって石段を下り、再び寺に向かって石段を上ります。うっそうと茂っているようにも見える緑ですが、よく見ると、きちんと手入れをされているようです。自然をそのまま生かしながら、それをうまく利用していく。これも、古くからの日本人のよさでしょう。


 山のあちこちから、まだセミの声も聞こえてくるのですが、鐘楼の前には萩が濃いピンク色の花をつけていました。


「ああ、秋だなぁ」
 いつまでも残暑が続いているように感じますが、季節は確実に進んでいるのです。

 同じ五色台にあるもう一つの札所、81番白峯寺は、崇徳天皇の御陵があるところ。崇徳天皇というと、なんとなく身構えてしまうのは私だけでしょうか。失礼があってはいけません。まずは、御陵前の頓証寺殿にごあいさつをしてから、本堂、大師堂と巡っていくことにします。


 山の中の寺を訪ね、木々の緑や季節の花を愛でるのは気持ちがよいものです。こういった空間に身を置くのは、悪くありません。寺というと、古めかしいお堂と古い仏像、そして墓場と、何となく暗いイメージが強いのですが、そればかりではありません。心落ち着く場所でもあるのです。