お出かけ日記ANNEX

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5/4(火・祝) 松山・広島・うさぎ島 瀬戸内まんきつ海の旅4日目~その1~

 いよいよ旅の最終日。大好きな街を離れるのは寂しいものです。他の場所へ行っても、その旅が終わってほしくないという気持ちはあります。でも、広島で感じる気持ち、また別のもの。広島は、私の生まれた街だからです。

「次はいつ来られるだろう……」

 路面電車の窓から広島の街を眺めながら、そんなことを考えます。

 5歳で広島を離れ、その後は千葉で育ちました。大学を卒業して広島で就職したのですが、今は東京で暮らしています。広島は、私にとって特別な街。自分が生まれた街、社会人としてのスタートを切った街、そして、今でも私の魂が帰りたがる街なのです。

 再開発工事で駅ビルがなくなって、どこで朝ごはんを食べれば良いのかと思案していると、新しくなった新幹線口に星野珈琲店があるのを見つけました。モーニングを頼んだのですが、昨日のルーエぶらじるのモーニングが素晴らしく、それと比較するとなんとも寂しく感じられます。

 今日は広島から忠海まで、呉線を走る列車の旅。昨年から運行を開始したetSETOraに乗ります。ビールとつまみのせんじがらを買い込んでホームに下りると、真っ白い車体のetSETOraが入線してきました。以前、瀬戸内マリンビューだった頃に一度乗ったことがありますが、再び改造され、また洗練された感じです。

 発車するときには、ホームで駅員さんたちの見送りがありました。しばらくすると、ヘッドマークをデザインした記念乗車証が配られます。鉄道は移動するためのものですが、こうしてクルーズのような移動も可能なのです。

 昔は、日本全国どこへでも列車で行けました。特急、急行だけでなく、普通列車の長距離列車もありました。しかし、通勤ダイヤの過密化や車両の老朽化、新幹線の開通や航空機の価格競争、高速バスの台頭などなど、様々な要因で長距離列車が廃止され、現在にいたります。

 でも、国鉄時代に日本全国を同じ規格で走れるように鉄道網を整備したことは、先人の大きな遺産です。それをそのまま草に埋もれさせてしまうのは、非常にもったいないことだと思います。

 スピードだけを求めれば、客船は飛行機に勝てません。でも、移動時間そのものを楽しむのがクルーズは世界中で楽しまれています。海がつながっている限り、船はどこにでも行くことができる。それと同じことが、この国では鉄道でできるのです。

 この列車は、実によく停まります。停車駅以外にも、海田市水尻小屋浦、吉浦、川原石安芸阿賀、広、安浦……。客扱いをしない駅でも、忠海までの間にこれだけ停まりました。でも、それでいいのです。いや、それがいのです。

 列車が進むにつれ、車窓の風景の解説や沿線の情報が車内放送で流れます。日頃の列車では、そんなことを考えている余裕はありません。遅いことで得られるものもたくさんあるのです。

 また、沿線ではたくさんの人々がこの車両に手を振り、またカメラに収めていました。

「そうか。この列車自体が旅なのか」

 飛行機や客船を見て、旅に憧れる気持ちをもつ人も多いことでしょうが、通勤で乗る電車でそれを感じる人は、あまりいないのかもしれません。しかし、この列車は違います。すごく遠いところに行くわけではないけれど、人々に旅を意識させる、そんな列車なのです。

 安浦と風早の間では、車窓いっぱいに海が広がりました。すると、乗客が景色を存分に楽しめるように、運転手は列車のスピードをぐんと落とします。

「瀬戸内の島々と、それを取り囲むように浮かぶカキいかだの風景をご覧ください」

と、車内放送が流れます。こんな列車の旅を提案するJR西日本の姿勢は、素敵だなあと思うのです。

 忠海で降りると、駅の隣にコンビニエンスストアがありました。時刻は11:40。フェリーの出航まで、20分ほどあります。そろそろお昼なので、ここで何か買うか、港までに何か探せばいいのではと考えました。最近ではうさぎの島として有名になったらしい大久野島。もしかすると、港に何か食べ物を売る店ができているかもしれません。

 しかし、この選択が今日の午後の行動を決定づけることになってしまったのです。

 フェリーの時刻表には、「多客期は遅延が発生する可能性がございます」という但し書きが書かれていました。多客期というのはきっと、海水浴客が訪れる夏休みのことでしょう。この航路は広島にいた時、大三島に渡るのに何度か利用したことがあります。その時、大久野島で下船する客はそんなにいませんでした。だから大丈夫だと、たかを括っていたのです。

 小さな川沿いに歩いて、踏切を渡ります。以前のことを思い出しながら、

「そうそう。ここを曲がれば桟橋が見えたはず……」

と思っていた私は我が目を疑いました。そこに見えたのは、桟橋からずうっと海沿いに並ぶ人の列。次の便を待っているのでしょうか。まさに、長蛇の列です。

 乗船券を売る待合所があったところには、ザ・観光地といった風情のお店ができています。きっぷを買って私も列に並ぶと、後から後から人が並んで、さらに列は長くなっていきました。これから大久野島へ渡るであろう観光客の車が、駐車場を探しながら続々通ります。

 私の記憶の中の大久野島は、静かな島。旧陸軍の毒ガス工場跡だというイメージです。しかし、2010年代にこの島を様々なメディアで紹介したとのこと。それは、私が広島を離れた後のことで、道理でイメージが全く違うわけです。

「うさぎより人間の方が絶対多いぞ、きっと……」

 これから渡る島の人口密度はどれほどか、帰りの船に無事に乗れるのか。色々な不安を胸に、目の前の島への短い航海に出るのでした。