お出かけ日記ANNEX

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9/13(月) 2回目のお遍路 秋のうどん県寺巡りの旅3日目~その4~【終】

 坂出から東京まで無給油ではさすがに走れそうにないので、帰りも岡崎ICで給油することにします。上り線では、SAの駐車場の前に給油所があるのですが、その手前から大型車が給油待ちの列を作っていました。給油までどのくらいかかるのだろうかと思っていたら、小型車のコーナーは別らしく、大型車と一緒に並ばなくてもよかったのですが、給油を終えて駐車スペースへ向かっても、大型車の区画は混雑しているようです。
「岡崎SAは、トラックドライバーに人気のSAなのかなぁ……」
と、この時はまだ、漠然とそう考えていたのでした。


 岡崎SAを出ると、あたりは少しずつ暗くなってきました。夜の新東名は走りやすいのですが、まわりの景色も単調で眠たくなりがちです。空いていれば、一気に走り抜けてしまいたいところですが、ここで問題となるのが緊急事態宣言下での時短営業です。20時で飲食店が閉まるので、ラストオーダーの時間も考えると、19時にはSAやPAには到着しておきたい。距離は稼ぎたいのですが、こういったところで行動が制限されるのもまた、安全運転にはマイナスであるように思います。
 岡崎SAを出てからまだ1時間しか経っていませんが、静岡SAで休憩を取ることにします。こちらのSAもトラックが多い……、いや、トラックだらけと言ってもよいでしょう。そういえば、走っている途中に見かけた SA・PAの案内表示で、大型車は満車となっているSAやPAばかりでした。
「一体、何が起きているのだ……」
 ともあれ、静岡SAの小型車スペースはちゃんと空いていて、無事に駐車し、建物へ。静岡といえば、静岡おでんが食べたいのです。このSAでは、静岡おでんが食べられることがわかっています。


 自分で好みのタネを選んで、SAの飲食スペースでいただくことにします。


「あ、しまった!」
 購入後に青のりだし粉をふりかけた時に、レジでもらった割り箸を置き忘れてきたことに気づきました。
「大根、どうしよう……」
 でも、大丈夫。串に刺さっている静岡おでん。2本あれば、箸の代わりになるのです。
 お腹も満たされて、再び東京を目指します。東京に近づくにつれ、本線上を走るトラックは減り、SAやPAの大型車の駐車スペースが満車であることを知らせる表示が増えてきました。
「そうか、深夜割引だ!」
 これはETCの割引制度の一つで、午前0時から午前4時までの間に高速道路上にいると、料金が3割引きになる制度です。軽自動車では、四国から東京までの料金で3割引きでも数千円の差でしかありませんが、大型車の3割引きとなると、その差は小さくないはずです。
 よく見ると、大型車の混雑はSAやPAの駐車場にとどまらず、施設の流入路・流出路にもあふれています。入る車にとっても出る車にとっても、危険です。
 そもそも、深夜割引の目的は何でしょうか。深夜に走る大型車を高速道路に誘導する理由は、何でしょうか。安全面を考えれば、日中こそ大型車に一般道を走らせるより、高速道路を利用させるべきです。ある特定の時間に集中させることで、休憩施設の混雑を招くばかりか、施設外の道路上への駐停車を招いています。他の車を巻き込み、大事故を誘発しかねない制度であると思うのは、私だけでしょうか。どうも、高速道路の運営というものは、一般利用者の感覚とはかけ離れたところで動いているものなのかもしれないと思わずにはいられません。
 新東名から東名に合流し、足柄SAを過ぎると、工事区間らしくなってきました。走っていると、何かしら違和感があります。何がおかしいのかと考えていくと、普段は左側にあるはずの路側帯が右側にあるのです。
「そうか、右ルートか!」
 東名高速下り線の大井松田ICの先で、左ルートと右ルートに分かれます。左ルートは従来からの下り線で、右ルートは、以前は上り線だったところを下り線に転用したものなのです。つまり、下り線に転用されたかつての上り線を今、上り線として走っているのです。NEXCO中日本ニュースリリースによれば、これはリバース運用と呼ばれるものらしいのですが、ともかく珍しい体験。集中工事やトラックのことで、高速道路に対する不満が溜まっていたところ、ちょっと嬉しくなるできごとでした。
 海老名SAには20:34に到着。この時間でも人はたくさんいるのですが、飲食店が開いていないのは辛いところ。早くコロナ禍が収束し、従来の生活が戻ることを願ってやみません。


 一気に大型車が少なくなった東名高速を快調に走り、21時前には東京料金所を抜けました。深夜割引の数千円は惜しいような気もしますが、次の日は通常通りの出勤日。東京料金所を午前0時以降に通過すると、そこから自宅まで、どんなに短く見積もっても1時間はかかります。それだと、次の日の仕事への影響は避けられません。
「ここは、大人の判断だ」
 時間や安全、仕事の効率を金で解決するのも仕方のないことです。
 それでも、用賀から自宅までは順調に走り、翌日も無事、いつも通りに出勤することができました。あとは、残りのお遍路を楽しみに、また頑張ることにするのでした。

9/13(月) 2回目のお遍路 秋のうどん県寺巡りの旅3日目~その3~

 今回の旅では、18か所の札所を巡りました。8月の旅と合わせて、これで1~45番、60番、66~83番の札所を巡ったことになります。残りの札所は25か所。少なくなってきましたが、次の旅に楽しみを取っておくことにします。


 とはいえ、家に無事帰るまでが旅です。気を抜くわけにはいきません。東京までは、まだまだ長い道のりなのです。
 昨日給油したガソリンスタンドで今日も給油して、11:50、坂出北ICから瀬戸中央道に入ります。いよいよ四国ともお別れです。
 最後にもうひとうどん食べておきたいということで、瀬戸大橋の途中にある与島PAで降りて、架け橋夢うどんさんに寄ることにしました。今回のうどんは、ぶっかけでいただくことにします。



 古くは、宇野と高松を結んでいた宇高連絡船でもうどんを出す店があったといいます。香川へ渡る旅人にとって、うどんは欠くことのできないものであるようです。いや、香川の人々が愛してきたうどんを、「どうだ、食べてみろ」と言わんばかりに提供する姿勢が見事です。これこそ、郷土の誇りというものでしょう。高速道路の休憩施設でも、ちゃんとうどんを提供するところがさすが、うどん県です。
 うどんを食べた後、建物の屋上へ上がって、瀬戸大橋を眺めることにしました。


「またすぐに戻ってくるからな」
 海の向こうに横たわる四国にそう誓って、再び瀬戸中央道へと戻ります。
 橋を渡っている最中に気がついたのですが、ボンネットに貼ったお遍路の『同行二人』のマグネットをはがすのを忘れていました。今回の旅の始まりでも、3つめの札所の国分寺で気づいたくらいですから、いいかげんなものです。これは早めの休憩を取ることにして、そこではがすことにしましょう。そういえば若かりし頃、マグネットの初心者マークをどこかで飛ばしてしまった苦い経験があります。その頃と今ではマグネットシートも違うのかもしれませんが、せっかくこれまで旅のお供をしてくれたステッカーを飛ばしてしまうわけにはいきません。
 うどんのせいでしょうか。それとも、単調な高速道路を走っているせいでしょうか。だんだん眠たくなってきました。吉備SAに立ち寄って、眠気覚ましにコーヒーを買うことにします。子どもの頃からコーヒーを飲んでいた私は、寝る前にコーヒーを飲んだって寝てしまう体質なのですが、ここは気分転換が大切です。コーヒーを買いに行くために体を動かすことも、眠気には有効な対策だと思うのです。

 さあ、コーヒーを片手に車に戻り、エンジンをかけます。
「あっ、マグネット!」


 どうやら、頭の中がまだ、はっきり目覚めていなかったらしいのです。危ない、危ない。もう一度、気を引き締めてから走り出すことにします。
 山陽道に入ると、トラックが数珠つなぎで走っています。リミッターのせいでしょうか、トラックが集団で走っていて、その先にまた、トラックが集団になっているのが見えます。しかも、途中でトラックを追い越そうとするトラックがいて、時々2車線ともにふさがってしまうことがあるのです。
「うわぁ、ブロックだぁ」
 速度制限があるトラック同士の追い越しだと、速度差がそれほどあるわけではないので、追い越すまでかなりの時間が必要なのです。そのうえ、さらに所々で工事が行われていて、車線が減らされている場所があります。1車線の限られたスペースをトラックと一緒に走ると、当然、ペースが遅くなります。今回の旅で東京と四国を行き来しましたが、トラックの速度制限については、少々疑問に思うところがあるのです。
 そんな高速道路でのお楽しみは、なんといっても食べ歩きです。車で行って交通費の節約になるかと思いきや、浮いたお金は食費にまわってしまいます。
 夏にけいぴゃんと立ち寄った大津SAでは、551蓬莱の豚まんを購入。同乗者がいればシェアすることもできますが、あいにく今日はひとり旅。2こ入りの豚まんを、はなはだ不本意ではありますが、仕方なく2こ平らげることにします。


 そのまま走っていくと、岐阜羽島ICから一宮JCTの間が事故で通行止めになっていました。そのせいもあるのか、新名神を走るトラックが多いのなんの。名古屋、東京方面に向かうトラックはほぼこちらへまわってきているのでしょう。それに、新名神も工事をしている箇所があります。普段は快調に走れる新名神も、再びトラックよる車線のブロックに苦しめられることになるのです。
 なお、この日の名神の事故では、工事のために1車線となり渋滞していたところへ大型トラックが追突し、4台の玉突きとなったうえ、最初に追突された貨物車の運転手が亡くなられたそうです。
 インフラを維持するための工事は必要ですし、トラックによる物流も、生活には欠くことのできないもの。けれど、それ以上に命を守ることを大切にしなければならないはずです。この国の高速道路は本当に安全なのでしょうか。大型トラックの速度を制限しただけでは、安全な交通環境になるとは思えません。一人ひとりのドライバーの意識づけがないまま道路を充実させても、様々な規制をかけても、結局は無駄な渋滞や事故を引き起こすだけではないのかと思わずにはいられないのでした。

9/13(月) 2回目のお遍路 秋のうどん県寺巡りの旅3日目~その2~

 今回の四国の旅で楽しみにしていたのが、山越うどんのかまたまうどんです。以前、2018年8月にけいぴゃんとピアノニマスさんのライブを聴きに四国へ来たとき、クッキーハウスのツネおにいさんと一緒にうどんやさん巡りをしたのですが、このときに山越うどんへ行くと、お店はたまたま臨時休業。有名店のうどんを食べられなかったという苦い経験があります。今回はそのリベンジなのです。
 お店が開く9時に間に合うように到着。開店前ということで、店のすぐ近くの駐車場に停めることができました。店に向かい、開店10分前に列に並ぶと、私の順番は前から10人目。これなら、すぐに食べられそうです。定刻の数分前に列が動き出し、店内に入ることができました。


 注文するのは、もちろんかまたまうどん。山越といえば、これでしょう。会計が済むまでかき混ぜないようにお店の人に言われたので、席に着いてから一気にかき混ぜます。


 まずは、しょう油をかけずにそのまますすると、モチモチのうどんにたまごの甘みが合わさってとても美味しいのです。そこへしょう油をかけると、今度は味が変わって、これまた美味。2つの味が楽しめるのが、なんとも嬉しいのです。
 しかし、こうなってくると、この旅はうどんやさん巡りなのか、それとも寺巡りなのか。旅の目的が分からなくなってきます。
 そろそろ東京に戻ることも考え始めなければなりませんが、次回の旅のためにも、今日はできるだけたくさんの寺を巡っておきたいところです。綾川のイオンモールのところから国道32号線出て、83番一宮寺を目指します。
 一宮寺の駐車場を見つけ、車を停めます。歩き始めてしばらくして、自分が寺から少し離れた駐車場に車を停めてしまったことに気づきました。
「もう一度戻って、車を動かそうか……」
 そう思ったのですが、この駐車場から寺まで続く田んぼの中の道がとても気持ちよいのです。目には鮮やかな緑、耳には水路を流れる水のせせらぎが飛び込んできます。時折スイーッとトンボが目の前を横切り、水面にお尻をつけては、またどこかへ飛び去っていきます。都市部ではほとんど見られなくなってしまったこんな風景がまだ、ここにはちゃんと存在しているのです。


 寺に入ると、こちらはどうやら裏手だったようで、表の仁王門へとまわります。こちらは、隣にある田村神社の白い壁が続き、落ち着いた雰囲気です。この寺の周りの風景は、なんと美しいのでしょう。


 寺では、若い女性の方が納経帳に朱印を押してくれました。お遍路の札所では、どうしても年配の方に書いていただくことが多かったので、なんだか新鮮とてもです。もちろん、他の札所と同様に達筆で書いていただくのですが、あいにく学のない私には、何と書かれているのかわかりません。
 駐車場までの帰り道に、さっきはなかった大きな鳥の足あとが続いているのに気づきました。サギでも歩いていたのでしょうか。田んぼのカエルでも捕まえたのかもしれません。人が暮らすすぐ隣で、様々な生き物たちが生活しているこんな環境こそ、豊かな環境ではないかと思うのです。大自然とはまた違った、身近な自然環境も大切にしなければなりません。


 83番一宮寺から82番根香寺へ向かう途中に、高松自動車道の高松西ICがありました。
「このまま東京に戻ろうかなぁ……」
 東京までの道のりを考えると、どこで区切りをつけるかが悩みどころ。でも、五色台にある2か所の寺をまわっても2時間ほどでしょう。それなら、どこかで渋滞してもかかってしまう時間です。
「よし。五色台を巡ったら、東京に戻ろう」
 そう覚悟を決めて、五色台へ上がる県道180号線に入ります。狭いながらも豪快に山を駆け上がっていく道で、ふと、多摩の丘陵地帯にあった大学へオートバイで通っていた頃のことを思い出しました。それが、私の山道好きの原点かもしれません。
 根香寺の前の駐車場に車を停めて歩いていくと、仁王門の前に人が集まっています。聞こえてきた話の内容は、この寺について、どのように案内するかということのようです。そんなことを考えるのは、観光協会教育委員会の人たちでしょうか。まさか学校の先生たちが、遠足や修学旅行の下見でここまでは考えないでしょう。


 門をくぐって石段を下り、再び寺に向かって石段を上ります。うっそうと茂っているようにも見える緑ですが、よく見ると、きちんと手入れをされているようです。自然をそのまま生かしながら、それをうまく利用していく。これも、古くからの日本人のよさでしょう。


 山のあちこちから、まだセミの声も聞こえてくるのですが、鐘楼の前には萩が濃いピンク色の花をつけていました。


「ああ、秋だなぁ」
 いつまでも残暑が続いているように感じますが、季節は確実に進んでいるのです。

 同じ五色台にあるもう一つの札所、81番白峯寺は、崇徳天皇の御陵があるところ。崇徳天皇というと、なんとなく身構えてしまうのは私だけでしょうか。失礼があってはいけません。まずは、御陵前の頓証寺殿にごあいさつをしてから、本堂、大師堂と巡っていくことにします。


 山の中の寺を訪ね、木々の緑や季節の花を愛でるのは気持ちがよいものです。こういった空間に身を置くのは、悪くありません。寺というと、古めかしいお堂と古い仏像、そして墓場と、何となく暗いイメージが強いのですが、そればかりではありません。心落ち着く場所でもあるのです。

9/13(月) 2回目のお遍路 秋のうどん県寺巡りの旅3日目~その1~

 私のように、動いていないと具合が悪い回遊魚型(?)の旅人の朝は早くに始まります。5時台には目を覚まして、6:00からの朝風呂を満喫してからチェックアウト。いつものビジネスホテルのお楽しみは朝食バイキングなのですが、ここ香川県はうどん県。朝から讃岐うどんを食べることにします。

 6:30過ぎにチェックアウトして、前回丸亀に来た時にゲストハウスのオヤジさんに薦められた「まごころ」といううどんやさんを目指すことにしました。ここは朝6時から年中無休で営業しているという、なんとも嬉しいお店なのです。

 いかにも港湾地区といった風景の中、殺風景な角地に店舗はありました。うどん工場に併設されている店舗ということで、製造の片手間に営業しているような小さな店舗かと思ったら大違い。体育館のような巨大な店舗は、サービスエリアかショッピングモールかと思うほど広さがあります。これなら、団体旅行で数台のバスを連ねて来ても入れそうです。

 レジでうどん玉を注文し、レジから少し離れたところにある釜で、自分で茹でることができるセルフの店。薬味も載せ放題ですし、かけ出汁ももちろん、セルフでタンクから注ぎます。

「そうか。だからあのオヤジさんはこちらを奨めたのか」

と、ようやく合点がいきました。ゲストハウスに泊まるような旅人なら、上品で美味しいうどんやさんよりも、地元ならではのこちらの方が気に入るに決まっています。あのオヤジさん、さすがです。

 お腹が空いていたので、かけうどん(中)を注文すると、うどん2玉でした。つまり、(小)の2倍です。これは嬉しい。

 かけうどんと一緒にとり天を注文したのですが、これの衣が硬いのなんの。口の中をケガするんじゃないかと思うような硬さです。しかし、それを出汁の中に入れると、不思議とちょうどよい柔らかさになりました。きっと、そこまで考えて揚げているのでしょう。これは、天ぷらとして食べるのでなく、天ぷらうどんとして食べるための天ぷらなのです。なんという配慮でしょう。恐るべし、うどん県といったところなのでした。

 さあ、今日も寺めぐりを始めましょう。まずは77番道隆寺から。いろいろな札所で弘法大師像はよく見かけるのですが、弘法大師にすがる衛門三郎像というのは初めて見ました。しかも、背中に名前が彫られていて、衛門三郎の話を知らない人でもわかるようになっています。

 境内では、地元の方でしょうか、中年の男性とその母親らしい女性が二人、朝から熱心にお詣りしていました。その土地の寺や神社を大切にするということを、この国の人々は昔からずっとしてきたはずです。しかし、私はそれにあまり触れることなく育ってきたように思います。というのも、私が子どもの頃に住んでいたのは、ベッドタウンと呼ばれる、高度経済成長期に開発された町。寺や神社は、身近なものではありませんでした。神輿も山車も、近所では見かけませんでしたし、秋祭りをやるような場所もありませんでした。

 今の日本で、少子高齢化が進むこの国で、古くからの日本の文化といったものはどれだけ継承されているのでしょう。文化とは、博物館に展示するようなものでなく、いつもすぐ身近にあるべきものだと思うのです。

 また、この寺には奈良時代に起源をもつ眼病平癒の「眼なおし薬師さま」がまつられています。子どもの頃からメガネだった私は帰りがけに、こちらの薬師さまにも手を合わせることにしました。宗教とか文化とか、そういった難しいことではなく、自分の気持ちとして、そう風にしようと思う。大切なことはそういうことだと思うのです。

 次の金倉寺に向かう途中、小学校の前を通り過ぎました。カレンダー通りの仕事をしている私にとって、たまたまイレギュラーで月曜日が休みになって子どもたちの通学風景に出くわすと、思わずドキッとしてしまいます。それが制服姿の中高生なら、「今日は部活かな」とも思えるのですが、ランドセル姿の小学生を見かけると、「今日は平日だよ」と言われているようで、なんだか仕事をサボって悪いことをしているような気持ちになるのです。

 76番金倉寺の駐車場に停めて寺へ向かうと、料金は本堂の奥にある売店のようなところで支払う仕組みになっていました。この売店には必ず行かなければいけないわけではないし、自分からひと声かけなければわからないでしょう。それでも正直に申告することにします。駐車料金だと思うと、毎回払うのは重荷に感じますが、お賽銭だと思えば気が楽です。

 納経所のおばちゃんと、どこから来たかといったことを話していると、

「今はえぇ。早よ回れる」

と、このコロナ禍でお遍路さんが少ないことを話してくれました。

「でも、今日、東京に帰るんです」

と伝えると、こんなに天気がよくてたくさん回れるのに……と残念がられました。さすがに、夕方近くまで寺を巡り、夜通し走って徹夜で明日の仕事に行くわけにはいきません。今日はほどほどでお遍路は終わりにして、次回の楽しみにとっておくことにします。

 境内では、太極拳をされている人たちがいるなど、のんびりとした空気が漂っています。公園のように、人々の暮らしの傍にある空間というところが素敵だなと思ったのでした。

9/12(日) 2回目のお遍路 秋のうどん県寺巡りの旅2日目~その6~

 丸亀に向かって走っていると、県道21号線沿いにモスバーガーを見つけました。ドライブスルーもありましたが、ここは休憩が目的なので、店内でコーヒーをいただくことにします。

 お店に入ろうとしたとき、入り口の自動ドアの張り紙が目に入りました。そこには、営業時間短縮のお知らせが書かれています。ここで初めて、丸亀の飲食店は20時までの時短営業だということを知ったのです。

「これは、まずい。」

 まん延防止等重点措置で酒の提供ができないのは高松市だけだと思っていて、周辺の自治体で時短営業をしているとは思いもよらなかったのです。

 私の愛車はホテルの立体駐車場に入らないため、ホテル提携の駐車場を案内してくれるようなのですが、18時から1泊料金となるようです。だから、18時を過ぎたらチェックインをして、ひと息ついたら大浴場でのんびりして、どこかの居酒屋で風呂上がりのビールを飲もうと計画していました。そうすると、居酒屋には19時半頃に着けばよいかと目論んでいたのですが、時短で20時までの営業となると、19時半では酒類の提供が終わってしまいます。

 こういう時、まずは落ち着きましょう。ホットコーヒーをすすりながら、よく考えてみることにします。時刻は17時過ぎ。宿がある丸亀駅前までは、目と鼻の先です。駐車場の料金をよく調べてみると、18時以前は30分100円で駐車できるようなので、17:30に駐車場に入れたら100円プラスするだけで済みます。30分早く行動すれば、風呂上がりのビールもなんとかなりそうです。

 旅の途中、こうやってふと立ち止まるのは大切なこと。でも、先を急いでいると、ついそれを疎かにして、大事なことを落としてしまうことになるのです。

 アパホテル丸亀駅前大通に着くと、以前来たような気がします。スマートフォンを見ると、ホテルのWi-Fiをすでに拾っていました。パスワードが記憶されていたようです。

 17:30ちょっと前にホテルに着いて、フロントで提携駐車場の場所を聞くと、

「あと少しで17:30ですので、30分になったら入庫してください」

と、事情をすべて理解していたフロントマンに案内されました。こういったサービスは、さすがホテルマン。お客さんのことをしっかりと考えてくれます。

 とりあえず荷物を置いて、まずはひと風呂浴びることにします。最上階にある大浴場で体が温まるまでしっかり浸かったら、部屋に戻って、近くの居酒屋を検索。

「駅の近くだから、店はあるだろう……」

 しかし、甘かった。今日は日曜日で、お休みの店も多く、夏に丸亀に泊まったときにお世話になったお店も定休日。それに、まん延防止等重点措置の影響か、時短にするくらいなら休業するといった店があるようで、食指の動く店がなかなか見つかりません。

「こうなったら、開いている店を見つけて突入するしかない」

 そう心に決めて、ホテルを出ました。

 駅前の大きな通りですが、シャッターを閉めている店もけっこう見かけます。さらに進んでいくと、一軒の居酒屋さんが開いていました。店頭の看板によると、どこからか移転してきた店のようです。看板に「骨付鳥」とあるので、期待して入ってみることにします。

 カウンターに通され、まずは生ビールとキムチをいただきながら、骨付鳥が焼けるのを待つことにしました。注文したのは、もちろん親鳥です。

 ここのお店では、提供するときにキッチンばさみを添えてくれました。自分の好きな大きさにカットして食べられるのは嬉しいサービスです。当然のようにビールは足りなくなり、大ジョッキを追加します。

 ひとりカウンターでビールをあおりながら、前回の四国の旅で、丸亀から東京までご一緒させていただいたトイピアノ奏者のけいぴゃんに丸亀にいることを知らせると、一鶴には行かないのかという返信が返ってきました。20時までの営業ではないのかと聞いてみると、なんと22時まで開いているというではありませんか。だったら、行くしかありません。とりあえず、ここは会計を済ませ、駅の反対側にある一鶴 丸亀本店へ行くことにします。

 店の前に着くと、たくさんの人が店頭にたむろしていました。路上飲みではありません。一鶴の順番待ちの客が、店からあふれているのです。

「これは時間がかかりそうだ……」

 諦めてホテルへ戻ろうとした時、店の中から声がかかり、けっこう多くのお客さんが店の中に呼ばれていきました。なるほど、回転は悪くなさそうです。私も名前を書いて待っていると、1名だからということで、カウンター席に早めに通してもらえました。

 親鶏と一緒に生ビールの大ジョッキを注文。風呂上がりの一杯(二杯?)は先ほどの店で済ませたので、ビールは親鶏と一緒に持ってくるように頼みました。

 旅のメモをまとめていると、待っている時間も苦にはなりません。

 親鶏は、以前一鶴で食べた時ほど塩辛いとは思いません。それより、美味しすぎてビールがどんどん消えていきます。さっきの店でも飲んだのに、いまだにビールが美味しく飲めるのは、この味付けのせいに違いありません。

 ほろ酔い気分でホテルに戻り、この日はそのまま眠ってしまったのでした。

9/12(日) 2回目のお遍路 秋のうどん県寺巡りの旅2日目~その5~

 72番曼荼羅寺の門前で、歩き遍路の方を見かけました。車で回っていると、早く次の札所へと急いでしまうのですが、歩き遍路の方からは、そんな焦りのようなものは感じられません。いや、車か歩きかという手段の問題ではなく、ただ単純に私が先を急ぎたい性格だからなのかもしれません。


 駐車場に車を停めて山門をくぐると、歩き遍路の方も境内にいらっしゃいました。私が鐘をついてお詣りを済ませようとすると、彼はまだ荷物を降ろしてひと休み。それから、私の後に鐘をつこうとしていました。
「こういった余裕が、自分にはないなぁ……」
 何も、急いで八十八ヶ所を巡る必要はありません。時間に追われているわけでもないし、ノルマが決められているわけでもない。自分で決めればよいのです。でもそんな時、そこでどのように振舞うかというところに、その人となりが表れるのでしょう。
 私はというと、72番曼荼羅寺に着く前に、73番出釋迦寺のことを考えていました。というのも、車を停める前に、曼荼羅寺の駐車場が有料だという表示を見かけたのです。
「次の寺も駐車場が有料だったら、もう一度払うのはもったいないなぁ……」
と、まだ72番にも着いていないのに、73番へ歩いて行くか、車で行くかと思案していたのです。
 その時。ふと、寺を巡っている最中にもかかわらず、有名な聖書の箇所を思い出していました。それは、空の鳥や野の花をたとえにして、思い悩むなと説教をするお話です。
「まさに、今の私にピッタリだな」
 いろいろ考えても仕方がありません。それに、駐車料金がかかるのであれば、支払えばいいだけのこと。それで困るような額でもありませんし、そんなことで思い悩むことで、旅が楽しめなくなってしまいます。
「うん。なるようにしかならない」
と思って、気を取り直して72番、73番と順に巡ることにしたのでした。

 曼荼羅寺の納経を済ませ、車で出釋迦寺へ向かうと、駐車場は無料。寺へ向かって歩いて行くと、「通行止めのお知らせ」と書かれた看板が立っていました。


「これはダメか……」
 来た道を引き返そうとすると、下の方で立ち話をしていた女性が、
「行けますよ」
と教えてくれました。やはり、旅をしていると誰かに助けられる瞬間があります。そのことに対して、ありがたいという気持ちを忘れてはならないと思うのです。

 境内には、onちゃんのグッズをつけた巡礼者の姿も見かけました。やはり、あの番組の影響でお遍路をする人も少なくないのでしょう。それも、ただ門の前で写真を撮るだけでなく、みなさんちゃんとお詣りして、納経もするようです。
 お詣りを終えて車に戻ろうとすると、先ほどの私と同じように、石段の下で白装束に笠をかぶった男性が、看板を見て思案していました。
「上まで行けますよ」
と、今度は私が声をかけます。すると、男性は「ありがとうございます」と言って、寺へと上がっていきました。お遍路さんに親切にすることを、お接待といいます。でも、それはサービスではなく、お接待をされたお遍路さんもまた、次の誰かに親切にする。思いやりの気持ちがつながっていくのが、本当のお接待なのだと思うのでした。
 次の札所は、74番甲山寺。ここには、いたるところにうさぎの像や絵があります。納経所に行くと、うさぎの御朱印もいただけるということだったので、車に戻って御朱印帳を取ってこようかとも思ったのですが、それぞれの札所の納経所が開いているのは17時まで。あと1時間ちょっとです。ここでロスしてしまっては、次の札所の納経に間に合わないかもしれません。


 なに、また来ればいいのです。楽しみは先に取っておけばよいのだと言い聞かせて、次の寺で今日は打ち止めにすることを決めました。
 75番善通寺に着いてまず驚いたのが、ショッピングモールの駐車場のような広大な駐車場です。今まで巡ってきた札所の駐車場で、一番大きいのではないでしょうか。当然、駐車場からお寺までは少し歩くことになります。


 鐘をつき、まずは本堂へお詣り……と思ったら、すぐ近くにある大きなお堂は大師堂で、本堂は道を渡ったさらに先にあるようです。さすが、真言宗善通寺派の総本山。その敷地も広大で、まるで公園の中にお堂や塔が建てられているようです。広々とした境内では、小さな子どもとその親御さんらしい大人が一緒に遊んでいます。東京の小学校の校庭よりもずっと広くて、運動会もできそうです。


 お詣りをするときに気づいたのが、この寺では線香を香炉に立てずに寝かして置くようです。もちろん、それに倣って、私も寝かせます。火が消えるのではないかと心配したのですが、見る限り、そのようなことはなさそうです。


 お詣りを終えて納経所へ行くと、さすがに規模が大きなお寺だからか、二人体制で受け付けていましたしかし、どちらも前の方が御朱印の種類についていろいろ質問しているらしく、それがなかなか終わりません。次に行く札所が控えていればイライラしそうなものですが、今日はここで打ち止めにするつもりなので、気が楽です。
 車に戻ると、時刻は16:44。大急ぎで行けば、ギリギリでどこかの札所の納経所に飛び込むこともできそうな気がしますが、朝から札所を巡り、さすがに疲れました。どこかでひと休みしてから、丸亀のホテルへ向かうことにしましょう。

9/12(日) 2回目のお遍路 秋のうどん県寺巡りの旅2日目~その4~

 一つの境内に2つの札所があるのが、七宝山神恵院と観音寺です。観音寺という町には過去2回ほど来ているのですが、観音寺そのものに行くのは今回が初めてです。しかも、その2回とも寺の近くを通っているのですが、寺に立ち寄ることはありませんでした。


 先に、札所の順番通りに68番神恵院に向かいます。地名にもなっている観音寺に比べ、印象が薄いのは仕方ありません。本堂に向かうと、コンクリートで覆われた建物が現れました。「ずいぶんと地味だなぁ」と感じたのですが、奥にはちゃんとお堂があり、これがまた立派で驚いたのでした。


 寺も神社も教会も、その機能だけを考えれば、マンションの一室でも構わないでしょう。地方を走っていると、教会を名乗る施設がいろいろな建物を居抜きで利用しているのもよく見かけます。でも、寺らしくない見た目の寺というものを見た覚えがありません。だからこそ、神恵院の建物が新鮮に見えたのです。
 69番観音寺の方は、大師堂も本堂も朱塗りで豪華なつくり。いかにもお寺らしい建物です。境内には、小学生くらいの子どもを連れた家族が何組か来ていました。信仰はともかく、小さいうちにこういった文化や風習といったものに接しておくことは大事なことだと思います。仏教から学ぶというよりも、寺という公共の場で身近な人から学ぶことは少なくないはずです。


 札所が2つあるということは、納経も2か所分。つまり、納経料も倍額納めるということ。
「それなら八十八ヶ所分前払いして、回数券のようにすればいいのに……」
 ついつい、そんなことを考えてしまいます。いや、デパートの駅弁大会のように、どこか1か所に88のブースを用意して、一度にお遍路ができるようなイベントをやろうとする人がいてもおかしくないと思うのですが、そこはちゃんと霊場会という組織があるので、実現することはないでしょう。
 さあ、このあたりで今日の宿を決めておきましょう。予約したのは、丸亀のAPAホテル。駐車場があると思って予約したら、駐車料金別だということに後で気づきました。駅近くだから、仕方ありません。しかし、そんなことに気づかないほど、焦って予約していたということ。
「いけない、いけない」
 気持ちを落ち着けて、次の札所へ向かうことにします。
 このあたりは札所と札所が近く、次の70番本山寺にはあっという間に到着しました。寺を巡っている人も、「あの人、○○寺で見かけたなぁ」ということも多く、わざわざ声をかけるようなことはありませんが、妙な連帯感があるのが面白いところです。


 ここ本山寺の本堂は国宝で、鎌倉時代に建立されたものだといいます。仁王門も、同じく鎌倉時代のものだそうですが、こちらは重要文化財。国宝と重要文化財、その価値の違いは素人の私にはわかりませんが、七、八百年もの間ここに存在しているものに今の私が出会い、その間に生きた人々とこの建物を共有しているということに価値があると思います。
 よく、「開業以来○人目のお客さまです」といったイベントがありますが、お遍路さんはどこでも、建立以来○年目のお遍路さんなのです。その重みは、開業以来○人目とは比べ物になりません。国宝か、重要文化財かということは、自分にとっての価値ではありません。自分がそれに出会えて幸せだと感じるかどうか。このお遍路の旅で、そういったものにたくさん出会えてきました。そして、普段の生活の中でもきっと、そういったものに出会っているはずなのです。
 国道11号線を走り、次の71番弥谷寺は山のお寺。登山口には無料の駐車場があるのですが、さらにその先に進める有料道路がありました。調べてみると、段数にして、270段ほどパスできるようです。仁王門から本堂までは530段余りあるとのこと。それが半分になるというのは魅力ですが、問題は通行料金がどこにも書かれていなかったことです。

 とりあえず、ここは無料を選択。仁王門をくぐり、寺へ向かって石段を上がっていきます。


 途中、まっすぐな108段の階段がありました。そこを、両親に手を引かれた就学前くらいの女の子が一段ずつ、階段を確かめるようにしながら下りてきます。

「ああ、ああいうの、いいな」
 ふと、そんなことを思いました。彼女が大きくなったとき、今日のことを覚えているかどうかはわかりませんが、自分が大切にされていたということは記憶の中に刻まれていてほしいと思うのです。それは、はっきりとした記憶ではなくてよいのだと思います。自分が大切にされていた記憶は、どこかで、自分を勇気づけることになるはずです。そして、自分自身もそうだったのではないかと思えると、ありがたい気持ちになるものです。


 目が覚めるような冷たさの手水で腕も冷やします。9月といえど、気温が高い中を上っていると、いっそ頭からかぶりたいところですが、そうはいきません。腕だけで我慢して、さらに先を目指します。


 阿弥陀三尊像の摩崖仏が刻まれる崖は、地層の模様が美しく、眺めていて飽きることがありません。色や縞模様、それを覆う苔の色などを楽しみながら、530段余りの階段を上りきって本堂に辿り着くと、清々しい空気に包まれました。暑い中ではあっても、やはり山の上の気持ちよさは格別です。階段を上る苦しさも、こういったことがあればすべて報われます。
 大師堂の中で納経を受け、来た道を戻ります。階段を上がってくる参拝者の方と「お疲れさまです」と声をかけ合う。これも、お遍路の醍醐味といえるでしょう。そして、こんな風に一つずつ「ありがたい」と思う経験を積み重ねていくことが、お遍路の大事な意味なのかもしれません。